三白眼が見つめる先に

音楽、本、結婚、家庭、育児、生活にまつわる日々の吐露

好きな人と過ごす喜び

ここ一年位、もし自分が離婚したらと考えるのが常になってしまっている。

そしてもし離婚したら、再婚するつもりはない。

でも、好きな人は必要。恋人は欲しい。

結婚の何が嫌って、二人だけの問題じゃなくなるところ。

親戚付き合いや、お互いの実家の問題などが絡んでくるところ。

私は20代前半で結婚したので、当時は若さ故の未熟さで、好きな気持ちで全部乗り越えられると思ってた。でも実際は問題が起こった時、夫の本性が露わになり、不信感がどんどん募っていった。

 

正直、結婚は面倒だ。

でも、結婚生活は、自分を成長させるとても良い機会だと思う。

内田樹さんのインタビューにも、そう書いてあり、これは非常に納得。

「今よりも幸せになるために結婚してはいけない」思想家・内田樹による「困難な結婚」のススメ - Kekoon(ケコーン) - 結婚・結婚式・恋愛に関するサムシング情報をお届け!

実際、義母との同居が大きく自分を成長させる機会になったと思う。

「成長の機会を与えてくれた」という一点で見たら、そんな機会を与えてくれた夫に感謝すべきかもしれない。

実際は色んな感情が混じり、素直に感謝なんて思えないし、思い出すと気分が悪くなる。

そして「成長の機会」というより「試練」と言った方がしっくりくる。

合わせたり、伺ったり、我慢したり、調整したり、妥協したり、迫りくる試練の日々。

私は夫からそんな試練を与えられたくない。

「時に甘えたり、泣いたり、励まし合い、困難を乗り越えるのが夫婦」これが私の中にあって、夫とはそれができると信じていた。

現実は「試練を与えてくる人」であり私の思いは打ち砕かれた。

「励まされたり」「助けられたり」した記憶はない。

育児を全く手伝わないわけでもないし、家庭を顧みず遊んだり、金遣いが荒いなどというのはないけれど、肝心な時、頼りにならない。一度だけではない、ここぞという時に自己中な本性がむき出しになる。普段がそこまでではないので、余計に辛かった。

それは、もしかしたら結婚しなかったら判明しなかった事かもしれない。

だから結婚は深く相手を知るいい機会でもある。

深く知って信頼が深まる場合もあるけれど、不信感が募る場合もある。

良くも悪くも相手の事がわかってしまう。見えてしまう。

 

恋人同士で、週に数回会う程度ならそんなに面倒な事はないと思う。

結婚してもディンクスならまだいいかもしれない。

子供ができたら、そこからは大変になってくると思う。

 

結局私も自分優先なんだと思った。内田さんの記事にもある通り、1人暮らしで好きなものに囲まれて過ごすのが最高だと思って、それを奪う結婚て何?って。

「幼児性」があるからそう思ってしまうって。

 

でも私の場合順番が違う。

1人暮らししたことないし、実家では自分の部屋もなかったし、好きな事もこだわりも特になかった。

結婚してから好きな事ができたし、何より自分の特性がわかった。

これも成長の一つだと思う。これはメリット。やはり他人と一緒にいると自分が浮き彫りになってくる。特に夫と私は正反対の部分が多いから余計に気づきが多かった。

私は一人の時間が好きだし、好きな事に口出しされたくない、束縛も嫌。

 

でも恋人は欲しいと先に書いたのは、やっぱり「好きな人と居る」という事が、何物にも代え難い喜びだと知っているから。

これも結婚生活の中で、夫への愛情が冷めていく中でわかった事。

今は夫に対して「愛しい」という気持ちはない。

愛情がない相手と一緒にいる事の虚しさ。

好きな人と居る喜びを知っているがゆえに、その虚しさに泣き出したくなる時がある。

手を握っただけで安心したから。「かわいい」と言われた時嬉しかったから。キスしただけで溶けそうになる位ときめいていたから。

もう一度、そんな風に感じられる相手と過ごしたいと思うのは、わがままなんだろうな。