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三白眼が見つめる先に

音楽、本、結婚、家庭、育児、生活にまつわる日々の吐露

言葉の重み

ここ最近家族間でゴタゴタしておりますが、最近は落ち込んでも嫌な気持ちになっても復活早いもんです。

慣れというか、タフになってきたのかな。

ふとした瞬間に落ちる時はあるけど。

大体が音楽聴いたり、本読んだり、外出て気分転換すれば和らぐ。

 

久々に会った友人の話を。

 

この友人は、以前同じ職場にいた人なのですが、その頃からウマが合うというか、こちらから一生懸命伝えなくてもわかってくれる存在でした。

数年ぶりに再会したけれど、話す感覚は全く変わっていなくて、やっぱり合う人とはブランク関係ないんだなと思いました。

 

「言葉の重み」について。

私は夫や義母に対して今まで一生懸命伝えようとして必死だった。

けれど前述とは真逆で、一生懸命伝えようとしても、考え方や感覚が違いすぎてラチがあかない。

向こうも同じだと思う。いや、わかっていても認めたくないから反論している部分もあると思う。

それでも私は伝わりやすいように考えて、言葉を選んで発言するよう心がけている。

なのですぐに言葉が出ない時もある。

軽々しくぽんぽん喋れない。

 

でも夫と義母は多分あまり考えず感情のままに言葉を投げてくる。

その言葉に重みが感じられれば聞く気にもなるけど、防御の為に掴んでは投げの軽い言葉なぞ、聞く気になれない。

私はこんなに色々考えているのに・・・と思ったけど、それは自分勝手だと気づいた。

「私の言葉の重さ」なんて相手には関係ない事なんだ。

でも私は自分のプライドというか、後悔しない為に、自分の為に、自分なりに「重み」を持たせて話したい。

 

でも熟考した発言でも、受け取る側によっては傷つけてしまう恐れもある。

こちら側は「そんなつもりじゃ・・・」って思っていても、相手の経験や人生観、価値観によって響き方は違うのだ。

 

「赤」と一言で言ってもそれは総称のひとつでしかなく、グラデーションは人それぞれ。

濃い赤、薄い赤、色々あって、人は自分の中にある「赤」に当てはめる。

 

わからないよね。

相手がどの濃度のものを思い描いているのか。

それを知る為にコミュニケーションが必要なんだ。

そのすり合わせ。

合うか合わないか。

 

「コレ?あっそうかコレね、OK」

「コレ?コレ?コレ?どれなの!?わからない!」

「コレかな?コレだと思う、似てるから」

 

違いがわずかなら、すぐわかったり、多少の違いはいいかと思えたり。

違いが多いなら、イライラしたり、あきらめたり。

 

最初は違いが面白く感じられたり。

無理に合わせずそのままにしたり。

 

気分によっても変わったり。

色々。

 

その調整が、私達夫婦はうまくいっていないんだと思う。

その調整を、うまくとるには「愛」が必要なんだと思う。

相手を感じること。尊重すること。思いを馳せること。お互いに。